テクノロジーの進歩により医療が変革の時を迎えています。人工知能囲碁ソフト”アルファ碁”を開発したディープマインド社が東京慈恵医科大学付属病院と乳がんの診断でパートナーシップを結びました。また東京大学はがんにかかわる複数の遺伝子変化を調べる”がん遺伝子パネル検査”の臨床試験を開始しました。これは適切な抗がん剤の選択を助けるようになるかもしれません。猫医療でもこのような技術は応用できるのでしょうか。
診断支援
まず挙げられるのがレントゲン、CTやMRIの読影です。読影というのは画像から異常を読み取ることです。現在では臨床医または画像診断医が行なっています。動物医療では画像診断専門医が不足していること、画像診断を依頼するコストの問題から読影は殆どが各々の総合臨床獣医師(いわゆる動物病院で診察をしている獣医師)が行なっています。診断支援が動物医療にも応用されればより正確かつ迅速に診断できるようになるでしょう。これは採取した細胞や組織を顕微鏡で評価する病理検査も同様のことが可能になるでしょう。
ゲノム解析/ゲノム編集技術
人医療では個人がゲノム(全ての遺伝情報)解析し、それをAIが分析することで予防医療に活用することができる時代に差しかかろうとしています。ゲノム解析はまだまだ高価ですので、短期間で猫でも実施されるようになるとは考えにくいですが、技術的には猫にも応用可能です。また異常がある遺伝子をピンポイントで修復するゲノム編集という技術も開発されています。猫では肥大型心筋症を起こす遺伝子が特定されているので、発症を予防できるようになるかもしれません。
リキッドバイオプシー
バイオプシー(生検)とは主にがんの領域で、内視鏡や針を使って腫瘍組織を採取することですが、これに替わって血液や尿、唾液などの体液を使って診断や治療効果の判定を行う技術をリキッドバイオプシーといいます。動物医療では通常のバイオプシーをするのに麻酔が必要になるため、麻酔不要のリキッドバイオプシーが実用化されれば有用性は非常に高いでしょう。
往診そしてオンライン診察へ
猫の性質を考えた時に移動ストレスや待ち時間をなくす往診のメリットは以前から認識しており、当院も往診に力を入れています。医療機器も年々小型化しており、レントゲンを除くほとんどの検査が往診で可能になりました。往診のデメリットとして、獣医療従事者の移動時間のコストが挙げられます。
次世代の移動通信5Gが利用可能になると、オンラインでの診察がより一般化するでしょう。5Gは多数接続やタイムラグがなくなる超低遅延を実現する技術です。人医療でも2018年4月からオンライン診療は保険診療の適応となりました。しかし猫医療では飼主さんを経由して問診を取るため、問診に加えて五感を使った身体検査が必須です。そのため問診とカメラを通して視診だけでは人医療より制限が多いように感じます。一方で視診の重きが高い皮膚疾患の経過観察、また緊急性の有無の判断などにはオンライン診察の利点が発揮されそうです。
ウェアラブルデバイス
心拍数、血圧、そして心電図まで測定できるスマートウォッチように、ウェアラブルデバイスは日々できることを増やしています。しかしこの領域は猫との相性は悪そうです。心拍数や血圧などを測定するにはある程度体と密着していないといけませんが、猫はそのようなものをつけられるのを非常に嫌います。グーグルと大手製薬会社ノバルティスがコンタクトレンズから血糖値が測定できる技術を開発しましたが、やはり猫に装着させると猫が自分でとってしまわないか心配になります。血糖値や体温が測定できれば熱中症や糖尿病の早期発見に繋がるだけに、猫のウェアラブルデバイスにかかる期待は個人的には非常に大きいです。
まとめ
そのほかにも外科手術用ロボット、電子カルテから集積したビックデータの応用も人医療同様に猫医療にも適応できるでしょう。人医療では医療従事者の労働環境改善と医療費削減が大きなテーマになっていますので、自分で判断して治療するOTC医薬品を使ったセルフメディケーション、そして平均寿命と健康寿命を近づけるような予防医療にITやAI技術が駆使され始めています。猫は移動や検査のストレスが大きい動物ですので、少しでも軽減できるような技術が開発され、より良い医療が提供できる未来がくることを期待しています。
山本宗伸 / やまもと そうしん
Tokyo Cat Specialists 院長
日本大学獣医学科外科学研究室卒。東京都出身。授乳期の仔猫を保護したことがきっかけで猫に魅了され、獣医学の道に進む。獣医学生時代から猫医学の知識習得に力を注ぐ。都内猫専門病院で副院長を務めた後、ニューヨークの猫専門病院 Manhattan Cat Specialistsで研修を積む。国際猫医学会ISFM、日本猫医学会JSFM所属。